<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>萬徳院 釈迦寺 &#187;  | 千葉の納骨堂・生前戒名　萬徳院 釈迦寺</title>
	<atom:link href="http://www.syakaji.jp/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.syakaji.jp</link>
	<description></description>
	<lastBuildDate>Thu, 10 May 2012 12:43:38 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.0.5</generator>
		<item>
		<title>第14回「釈迦寺こころの会」を開催しました</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2663.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2663.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 May 2012 12:33:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2663</guid>
		<description><![CDATA[平成24年5月9日（水）こころの会を開催いたしました。 当日は小雨のぱらつくなかではありましたが、ひどくはならず、たくさんの方々にご参加いただきました。ありがとうございました。 土田明佳尼僧の司会・進行のもと開式。黒田夢 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>平成24年5月9日（水）こころの会を開催いたしました。</p>
<p>当日は小雨のぱらつくなかではありましたが、ひどくはならず、たくさんの方々にご参加いただきました。ありがとうございました。</p>
<p>土田明佳尼僧の司会・進行のもと開式。黒田夢道稲毛住職による挨拶、西村博祥稲毛副主管の先導による御法楽にて参加一同共に「般若心経」を読誦させていただきました。</p>
<p>第一席は、日本の神話について。江島靖秀僧侶により、神話の概略についてでした。古事記編纂1300年を記念してのもので、今後断続的に取り上げる予定です。</p>
<p>第二席は、仏教伝道協会の『仏教聖典』の読誦。今回から、「おしえ」のパートに入り、第一章「因縁」（1.四つの真理、2.不思議なつながり、3.ささえあって）を皆で声高らかに読み味あわせて頂きました。</p>
<p>第三席は、竹田明秀門主による『仏教聖典』解説法話。仏教の基本中の基本たる四諦八正道について、とくに四諦（苦集滅道）を取り上げ、身近な実例や体験談を交えつつお話頂きました。</p>
<p>みんなのお寺、萬徳院釈迦寺は、「こころの広場」でありたいと願っています。老いも若きも、男も女も、こころ穏やかな時間がいま求められています。</p>
<p>「ひろく、ひろく、かたよらず、温かく包み込む」それが仏さまの教え、仏教です。<br />「こころの広場」をみんなで作り、盛り上げていって頂きたいと念じています。合掌</p>
<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/013.jpg" rel="lightbox[120510]"><img class="alignleft size-medium wp-image-2675" title="第14回「釈迦寺こころの会」1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/013-220x165.jpg" alt="第14回「釈迦寺こころの会」1" width="220" height="165" /></a><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/023.jpg" rel="lightbox[120510]"><img class="alignleft size-medium wp-image-2676" title="第14回「釈迦寺こころの会」2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/023-220x165.jpg" alt="第14回「釈迦寺こころの会」2" width="220" height="165" /></a><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/029.jpg" rel="lightbox[120510]"><img class="alignnone size-medium wp-image-2677" title="第14回「釈迦寺こころの会」3" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/029-220x165.jpg" alt="第14回「釈迦寺こころの会」3" width="220" height="165" /></a></p>
<p class="tri clear"><a href="http://www.syakaji.jp/events/monthly/kokoronokai">釈迦寺こころの会</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2663.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>[第7号 2012/05/03] 色即是空、空即是色</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2656.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2656.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 May 2012 13:35:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>萬徳院 釈迦寺</dc:creator>
				<category><![CDATA[メールマガジン]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2656</guid>
		<description><![CDATA[━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [INDEX] 色即是空、空即是色 ──────────────────────────────── 【0】般若心経のハイライト「色即是空、空即是色」 【 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> [INDEX]   色即是空、空即是色<br /> ────────────────────────────────<br /> <br /> 【0】般若心経のハイライト「色即是空、空即是色」<br /> 【1】解釈方法・その一「こしひかり」と「お米」<br /> 【2】解釈方法・その二「富士山」と「日本一の山」<br /> 【3】解釈方法・その三　否定と肯定<br /> 【4】『般若心経』に関する図書案内<br /> <br /> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> &gt;   [0]：般若心経のハイライト「色即是空、空即是色」<br /> ────────────────────────────────<br /> だれでも知っている有名な一句「色即是空、空即是色」。<br /> これが『般若心経』のハイライト。すごいことが述べられているよう<br /> ですが、何だかよく分からない。以下、私の納得する解釈方法として、<br /> 三つをご紹介します。<br /> <br /> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> &gt;   [1]：解釈方法・その一「こしひかり」と「お米」<br /> ────────────────────────────────<br /> まず、解釈方法・その一。<br /> ここでは「色」をお米の銘柄である「こしひかり」、「空」を「お米」に<br /> 置きかえて考えてみましょう。<br /> 「色即是空」は「こしひかりはすなわち、これお米なり」となります。<br /> これはいいですね。誰ですか、これは美味しそうだといっているお方は。<br /> 次に「空即是色」となるように、「こしひかり」と「お米」の語順を入れ<br /> かえて、「お米はすなわち、これこしひかりなり」はどうですか。<br /> これはいただけません。なぜなら、お米の銘柄には、こしひかりのほかに、<br /> 秋田こまちや、きららなどたくさんの種類があるからです。<br /> 「お米はすなわち、これこしひかりなり」を意味のある表現とするためには、<br /> 少し手直しする必要があります。<br /> すなわち「お米といえば、やっぱりこしひかりだよね」と理解するのです。<br /> もうお分かりかと存じますが、「空即是色」は、「色即是空」の繰り返し<br /> という以上に、「色即是空」をより強調した言いかたとなっているのです。<br /> 先のたとえであれば、私がいま食べている「こしひかり」は「お米」ですが、<br /> 秋田こまちとか、きららなどではないですよ、といっているのです。<br /> すなわち、解釈方法・その一では「色即是空、空即是色」は、<br /> いま・この色（いろ・かたちあるもの）は空、すなわち、たんなる色（しき）<br /> 一般でもなければ、実在と考えられる色などでもない。<br /> 色の自性（じしょう）を欠いたものであり、色自体が空に他ならないという<br /> ことを主張しているのです。<br /> <br /> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> &gt;   [2]：解釈方法・その二「富士山」と「日本一の山」<br /> ────────────────────────────────<br /> 次に解釈方法・その二。<br /> ここでは「色」を「富士山」とし、「空」を「日本一の山」としてみましょう。<br /> 「富士山はすなわち、これ日本一の山なり」も、「日本一の山はすなわち、<br /> これ富士山なり」も、真偽でいえば、どちらも真の命題といえます。<br /> では、先の「こしひかし」と「お米」の場合と、どこがちがうのでしょうか。<br /> 「日本一の山」といえば、やっぱり「富士山」であり、「富士山」以外に、<br /> 日本一標高の高い山は存在しないからなのです。<br /> 少しむつかしい用語ですが、これを「同延」といいます。<br /> おそらくこの二つの解釈方法が『般若心経』として最も基本的な理解では<br /> ないかと、私は考えています。<br /> すなわち、解釈方法・その一は、色（いろ・かたちあるもの、色一般）に<br /> 対する、色は自性をもつ、色は不変であるといった、さまざまな誤った理解を<br /> 排除するために言明なのであり、解釈方法・その二は、その否定作業、排除が<br /> 完成した段階での言明。<br /> 心にケイ礙がなくなったときの「五蘊皆空」「諸法空相」とのさとりを自在に<br /> 表現しているのであると理解できるからなのです。<br /> ここでは、色と空は、もちろん意味内容は異なりますが、同一のものとなって<br /> いるのです。<br /> <br /> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> &gt;   [3]：解釈方法・その三　否定と肯定<br /> ────────────────────────────────<br /> 前回「空（くう）とは、基本的には否定的なことばづかいなのです」と申し<br /> ました。また「空の思想は肯定的な意味合いを加えながら、より深められて<br /> いきました」とも書いておきました。<br /> 第三の解釈方法は空の有する否定と肯定の機能に注目します。<br /> ひとことでいえば、「色は色ではない。ゆえに色である」となります。<br /> 色（いろ・かたちあるもの）をはじめ、受・想・行・識のすべては、<br /> ひとたびは必ず、空であるとの否定を受け、正しく自覚されねばなりません。<br /> 色等に対するとらわれ、執着を離れてこそ、はじめて本当の色が顕わになる。<br /> たとえていえば、色眼鏡をはずす作業が「色即是空」であり、その結果として<br /> 見えてくる色が「空即是色」であるともいえるでしょう。<br /> したがって「色即是空」の「色」と「空即是色」の「色」は、意味合いが<br /> まったく異なっているのです。<br /> ここに一つのケーキがあるとしましょう。このケーキは自分ひとりのもので<br /> あると考えるならば、自らのお腹を満足させるものでしかありません。<br /> しかし、まわりの状態を知りえる、わずかな知恵があるのなら、このケーキは<br /> 小さくとも、幾人かに分かち、幸せを共有することができることが知られる<br /> のです。あるいはそのケーキを売って、金銭に換えることも可能でしょう。<br /> ものを正しく活かす知恵が空・般若の知恵でもあるのです。<br /> <br /> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br /> &gt;   [4]：『般若心経』に関する図書案内<br /> ────────────────────────────────<br /> 今回も何だかよく分からない、というお叱りの声が聞こえてきそうですね。<br /> 私自身も以上の論述で良いのか、再度考え直してみなければなりません。<br /> 般若心経に関する多くの書籍がありますが、下記のものは、いずれも<br /> 仏教学研究に基づく、般若心経の信頼のおける解説書です。<br /> <br /> 平川　彰『般若心経の新解釈』/世界聖典刊行協会、1982.<br /> 奈良康明『般若心経講義』/東京書籍、1998.<br /> 立川武蔵『般若心経の新しい読み方』/春秋社、2001.<br /> 竹村牧男『般若心経を読みとく』/大東出版社、200.3<br /> 渡辺章悟「般若心経・テクスト・思想・文化』/大法輪閣、2009.<br /> <br /> ※次回は「乃至」という語をめぐってのお話しを予定しています。<br /> （執筆担当者　良海）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2656.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【新刊書紹介】岡本一志著『幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く』</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2622.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2622.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 06:05:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2622</guid>
		<description><![CDATA[新刊書紹介 岡本一志著『幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く』 1万年堂出版、平成24年（2012）3月12日、定価（本体1200円＋税） &#160; 新聞で知りました。『幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く』という書名と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>新刊書紹介</strong></span></p>
<p style="font-size: 1.2em;"><strong>岡本一志著</strong><strong>『幸せの<span style="color: #339966;">タネ</span>をまくと、幸せの<span style="color: #ff0000;">花</span>が咲く』</strong></p>
<p>1万年堂出版、平成24年（2012）3月12日、定価（本体1200円＋税）</p>
<p>&nbsp;</p>

<p>新聞で知りました。『幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く』という書名と、可愛らしいイラストが心惹きました。主な目次は以下の通りです。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p>一章<br /> 運命は、これから、いくらでも変えていける　「幸せな私」になる原因と結果の法則</p>
<p>二章<br />幸せのタネをまかなければ、幸せになれませんよ　幸せのタネと不幸せのタネ、どこが違うの？</p>
<p>三章<br />皆から好かれる人もなく、皆から嫌われる人もない　自分に素直になれば、自分らしく生きられる</p>
<p>四章<br /> 無駄な苦労は一つもない。人によって早く咲くか、遅く咲くかの違いがあるだけ あせらず、あわてず、花開くまで</p>
<p>五章 <br />「誰も自分のことを分かってくれない」と皆、苦しんでいる　相手の話を親身に聞くと、喜ばれる</p>
<p>六章 <br />周りの人を思いやり、親切にすれば、必ず、自分も大事にされる　自分のことばかり考えていると、独りぼっちになる</p>
<p>七章 <br />あなたには、たくさんの、小さな優しさや思いやりが届けられている　支えられていることを知れば、感謝の心がわいてくる</p>
<p>&nbsp;</p>

<p>なんだか、タイトルを読むだけでも元気になれそうですね。今年の春彼岸の法要（H24/3/20）で本書を紹介したところ、多くの方が興味をもってくださいました。本書では、楽に、前向きに生きるために必要な知恵、助言が多く語られています。key-word は、<span style="color: #339966;">緑色</span>でもって色を変えて表記されていて、すぐに分かります。その中、括弧「 」で括られているのが、お釈迦さまのことばの引用となっています。いずれも仏教の基本的な考え方を示すものであり、もちろん仏典に典拠を求めることもできるようですが、NHK「100分de名著」でも採りあげられ、皆さまもよくご存じの『法句経』に拠るものも少なくありません。以下、お釈迦さまのことばの引用としての、その key-word を列挙し、典拠となるであろう『法句経』をいくつか示し、本書の理解をより深められるよう試みてみましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;">一章　運命は、これから、いくらでも変えていける</span></strong></p>
<p><span style="color: #339966;">「どんな結果にも必ず原因がある。原因なしに起こる結果は一つもない」</span>（p.17）</p>
<p><span style="color: #339966;">「まかぬタネは絶対生えないが、まいたタネは必ず生える」</span>（p.17）</p>
<p><span style="color: #339966;">「生まれつき運がよい、悪いとは決まっていないのだよ。運命はこれからいくらでも変えていけるのだよ」</span>（p.23）</p>
<p><span style="color: #339966;">「人生は苦なり」</span>(p.26)</p>
<p><span style="color: #339966;">「あなたの幸せ、不幸せを決めているのは、あなたの行いなのだよ」</span>(p.33)</p>
<p><em>みずから悪をなすならば、みずから汚れ、みずから悪をなさないならば、みずから浄まる。浄いのも浄くないのも、各自のことがらである。人は他人を浄めることはできない。『法句経』第165偈</em></p>
<p><span style="color: #339966;">「自分の行いは間違いなく自分に返ってくる。あなたの行いは、あなたを裏切らないのですよ」</span>(p.34)</p>
<p><span style="color: #339966;">「生まれつき変らない私はない」 </span>(p.37)</p>
<p><span style="color: #339966;">「私たちの運命は、自分の行いによっていくらでも変えていけるのだよ」</span>(p.43)</p>
<blockquote>
<p><em>以前には悪い行ないをした人でも、のちに善によってつぐなうならば、その人はこの世の中を照らす。――雲を離れた月のように。『法句経』第173偈</em></p></blockquote>
<p>故・松原泰道師はこの句を次のように訳されています。「かつては 放恣なりし人も のちに深く精進せば 雲間を離れし 月のごとく 世を照らすにいたらん」（松原泰道『法句経入門』p.235）</p>
<p>すべては運命で既に決まっていると考える宿業説・宿命論。すべて因も縁もないとする無因無縁説（因果撥無）・偶然論。すべては神の御業（みわざ）であると受けとめる神意説。これらのいずれでもない、お釈迦さまがさとられた、縁起という考え方。「これあれば、それがあり、これが生ずるから、それが生ずる。これが滅するから、それが滅する。」（S.Ⅱ.pp.28, 65 etc. 村上真完『仏教の考え方』p.63）「およそ諸法（存在の要素）は因（原因）より生ずる。それらの[諸法の]因を如来（仏）は説かれた。そしてそれらの[諸法の]滅をも[説かれた]。大沙門（＝仏）はこのように説かれるのだ。」（縁起法頌。Vin. 1.p.40.『仏教の考え方』p.46）</p>
<p>悪因苦果・善因楽果、自業自得が「行ない」（業）についての二大原則です。ただし、悪因苦果・善因楽果も、自業自得も修正可能。原因と結果の間には、多くの縁が介在します。善い行ないの功徳は銀行での貯金、寄付のようなもの。主体的で、前向き、そして他者としての縁の存在をも考慮にいれた縁起説の素晴らしさ。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;">二章　幸せのタネをまかなければ、幸せになれませんよ</span></strong></p>
<p><span style="color: #339966;">「あなたのまいたタネは、まだ、芽が出ていなくても、必ず、実を結ぶのだよ」</span>(p.50)</p>
<p><span style="color: #339966;">「幸せになりたければ、幸せのタネまきをしなさい」</span>(p.54)</p>
<p><span style="color: #339966;">「善因善果 悪因苦果 自因自果」</span>（p.56）</p>
<p><span style="color: #339966;">「幸福という運命は、善い行いが生み出したものです（善因善果）。不幸という運命は、悪い行いが引き起こしたものなのです（悪因悪果）。自分の運命の全ては、自分のまいたタネが生み出したものなのですよ（自因自果）。」</span>(p.58)</p>
<p><span style="color: #339966;">「因果の道理をあきらかに見なさい」(</span>p.62)</p>
<p><span style="color: #339966;">「早く実を結ぶ行いもあれば、遅く実を結ぶ行いもある。まいたタネは必ず実を結ぶから、早い遅いは気にせずタネまきを心掛けなさい」</span>(p.66)</p>
<p><span style="color: #339966;">「因だけでは結果は生じない。因と縁とが結びついて初めて結果になるのだよ」</span>(p.70)</p>
<p><em><em>人がもしも悪いことをしたならば、それを繰り返すな。悪事を心がけるな。悪がつみ重なるのは苦しみである。</em><br /></em><span style="font-style: italic;"><em>人がもしも善いことをしたならば、それを繰り返せ。善いことを心がけよ。善いことがつみ重なるのは楽しみである。『法句経』第117-118偈</em></span></p>
<p><em>物惜しみをする人々は天の神々の世界におもむかない。愚かな人々は分ちあうことをたたえない。しかし心ある人は分ちあうことを喜んで、その故に来世には幸せとなる。『法句経』第177偈</em></p>
<p>悪い行ないをなさず、善い行ないを心がける。善い行ないの始まりは、ほどこし、分かちあうことから。ほどこしは「むさぼりの雑草を取り除いて慈悲の心を養ってくださる」（高田好胤）と教えられます。</p>
<p><em><em>もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。</em><br /></em><span style="font-style: italic;"><em>もしも或る行為をしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い。『法句経』第67-68偈</em></span></p>
<p>善き行ないと悪しき行ないの違いは何か。行ないをなした後に自ら苦しむならば、それは不正、不善のものと知られます。ある行ないをなして、心喜び、満ち足り、未来に喜悦が生じるならば、それは善事であると知られます。具体的には、不殺生、不偸盗、不邪婬等の十善業道が善であり、その逆が悪とされます。すなわち、自他を害さないことが善であり、自他を害することが悪なのです。ただし「吾が心に善しと思い、また世人のよしと思うこと、必ずしも善からず」とあり、最終的には「私心」のはからいをはなれること、その行いが、真実の幸せに導くものであるのかどうかという判断が求められます。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;"><strong>三章　皆から好かれる人もなく、皆から嫌われる人もない </strong>自分に素直になれば、自分らしく生きられる</span></strong></p>
<p>私たちを生きづらくさせているのは見栄です。人は見栄のために、なかなか仮面を外せません。／でも自分らしく、幸せに生きるためには、あなたの顔にこびりついた仮面を外してみることが大事です。(p.79)ここでの「見栄」とは、「うわべを飾ること。体裁をつくろうこと」という文字通りの意味の他に、執着・こだわりという仏教的な意味も含んでいるのでしょう。</p>
<p><span style="color: #339966;">「皆にてほむる人はなく、皆にてそしる人はなし」</span>（p.86）</p>
<p><em>ただ誹（そし）られるだけの人、またただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、現在にもいない。『法句経』第228偈</em></p>
<p>世の人の非難や称賛には限りがありません。一方的に非難されるだけの人も、一方的に称賛されるだけの人も、ありえないでしょう。人のうわさも七十五日といいます。一休宗純（1394－1481）は次のように表現されています。<span style="color: #339966;">「今日ほめて、明日悪く言う人の口、泣くも笑うもウソの世の中」</span>(p.82)</p>
<p><em>一つの岩の塊りが風に揺がないように、賢者は非難と賞讃とに動じない。</em><em>『法句経』第81偈</em></p>
<p>真実を知る者によって非難される者が「非難される者」であり、真実を知る者によって称賛される者こそ「称賛される者」なのです。</p>
<p><em><em>神々は功徳をほめたたえる。正しい行ないをなす人は、この世で非難されることがなく、また死後には天にあって楽しむ。<br /></em>徳行をそなえ、法にしたがって生き、恥を知り、真実を語り、自分のなすべきことを行なう人を、世人は好ましいと見なす。『感興のことば』(Udanavarga)V. 23-24.</em></p>
<p><em><br /></em></p>
<p><strong><span style="text-decoration: underline;">四章　無駄な苦労は一つもない。人によって早く咲くか、遅く咲くかの違いがあるだけ</span></strong></p>
<p><span style="color: #339966;">「まいたタネは必ず生えるのだよ。だから、無駄になる苦労は一つもないのだよ。人によって早く咲くか、遅く咲くかの違いがあるだけだよ」</span>(p.123-124)</p>
<p><em><em>まだ悪の報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遇うことがある。しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遇う。<br /></em>まだ善の報いが熟しないあいだは、善人でもわざわいに遇うことがある。しかし善の報いが熟したときには、善人は幸福（さいわい）に遇う。『法句経』第119-200偈</em></p>
<p><em>悪事をしても、その業（カルマ）は、しぼり立ての牛乳のように、すぐに固まることはない。（徐々に固まって熟する。）その業は、灰に覆われた火のように、（徐々に）燃えて悩ましながら、愚者につきまとう。『法句経』第71偈</em></p>
<p>行ないとその果報には時間差があります。結果が間髪を入れずに生じる場合もありますが、一週間後、一か月後、一年後、あるいは次の世にと、原因と結果とには時間的隔たりがある場合が多いのです。ただし「因果の道理、歴然としてわたくしなし。造悪のものは堕し、修善のものはのぼる」（『正法眼蔵』「深信因果」）とあるように、因果の道理をよくよく心得、おろそかにしてはいけません。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;">五章 　「誰も自分のことを分かってくれない」と皆、苦しんでいる</span></strong></p>
<p>私たちはだれでも「自分のことを分かってもらいたい」という強い欲求があります。だから、「相手の話をよく聞く」、「相手の気持ちを思いやって聞く」ということにも充分心掛ける必要があるのです。本章では、必ずしもお釈迦さまのことばが引用されているわけではありませんが、周りの人に「自分のことを分かってもらいたい」と願うことよりも、まずは自ら自身の行ないを振り返ってみることが大事であることを教えるお釈迦さまのことばをご紹介しましょう。</p>
<p><em>他人の過失をみることなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。『法句経』第50偈</em></p>
<p>自分のすがたは自分では見ることはできず、自分の心すら、自分ではよく分からないところが多くあります。ですから、相手に自分のことを分かってもらえなくとも、それほど悩む必要はないのではないでしょうか。まずは自分自身を知り、自らを素直に、そして正しく表現することに努めましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;">六章　周りの人を思いやり、親切にすれば、必ず、自分も大事にされる</span></strong></p>
<p><em>荒々しいことばを言うな。言われた人々は汝に言い返すであろう。怒りを含んだことばは苦痛である。報復が汝の身に至るであろう。『法句経』第113偈</em></p>
<p><span style="color: #339966;">「思いやりの気持ちを持って、お金や物、笑顔や優しい言葉など、ちょっとしたことでもいいので、あなたができることを与えてみなさい。」</span>(p.166)</p>
<p>思いやりの心や優しさで接すれば、相手からも思いやりや優しさが返ってきます。このことを心理学では「返報性の原理」というのだそうです。</p>
<p><span style="color: #339966;">「自分のことしか考えていない人は必ず、独りぼっちになってしまうのだよ。だから、周りの人の幸せを思いやりなさい。そうすればあなたの心は満たされるのだよ。」</span>(p.171)</p>
<p><em>実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。『法句経』第5偈</em></p>
<p><span style="color: #339966;">「人を思いやり、優しくすることは、相手を生かすだけでなく、自分も明るくまっすぐ生かす、幸せのタネまきなのだよ。」</span>(p.173)</p>
<p>人と人とのお付き合いは、金子みすゞさんの「こだま」のように、心と心の響きあいにもたとえられます。</p>
<p>数多き煩悩のうち、根本的なものは貪欲・瞋恚・愚癡の三つであり、それを「三毒」といいます。すなわち、むさぼり、いかり、おろかさです。好ましい対象に対して働く激しい欲求が貪欲であり、瞋恚は、好ましくない対象に対する反感・嫌悪の心作用をいいます。いずれも、ものごとの道理を正しく理解していないこと、無知である愚癡が根底にあることが指摘されます。したがって、</p>
<p><span style="color: #339966;">「私たちが腹を立てるのは、相手が間違ったことをしたからではなくて、自分の欲求が満たされなかったり、妨げられたりするからなのだよ」</span>(p.192)</p>
<p>と教えられるのです。</p>
<p><span style="color: #339966;">「親切をした相手にお礼や見返りの請求書を突きつけなくても、必ずまいたタネまきは巡り巡って、あなたのところに返ってくるのだよ」</span>(p.202)</p>
<p>人に何かをプレゼントする時や、<span style="color: #339966;">親切にする時は、「私が」「誰々に」「何々を」、この三つを忘れるよう</span>に心掛けなさいと教えられます。(p.202)そうでなければ、「のに」の施与となってしまい、何々してあげたのに、という思いが残り、かえって自分を苦しめます。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong><span style="text-decoration: underline;">七章 あなたは、たくさんの、小さな優しさや思いやりが届けられている</span></strong></p>
<p>感謝ができないのは、そもそも自分が受けている「おかげ」を知らないから(p.214)、自分が（身近な人をはじめとして、周りの多くの人たちに）支えられていることに気づかないから(p.216)、とは至言ではないでしょうか。だから仏教では、恩を知ること、自分が支えられていることを知るという「知恩」を大切にします。知恩は、「ありがたいな」「うれしいな」という感謝の気持ちである「感恩」を生じ、その人のためになれるよう頑張ろうとする「報恩」として働きます。</p>
<p>私たちが等しく「おかげ」を受けているものとして、父母（家庭）、衆生（社会）、王（政治・国家）、三宝（宗教）の四恩（『心地観経』）がよく知られていますが、本章では、敬い、親切にすべき相手として、敬田(敬うに値する仏法僧など)、悲田(救済すべき困窮・孤独な者)、恩田(父母や師など、恩を受けている人)の三福田が挙げられています。</p>
<p>お釈迦さまは愛すべき人を有することをいとわれましたが（v.210-213）、私たちの多くは家族を持ち、配偶者と一緒に暮らしています。「どうして好きで一緒になったのに、しばらくすると一緒にいるのが退屈になったり、苦痛になったりするのでしょうか。（p.228）」 ただし「遅いか早いかの違いはあるものの、やがて別れがやってきます。(p.230)」「生涯で二人が一緒に過せる時間は、あとどれだけなのでしょうか。」「限りがある」ということが分かれば、自然と相手を大切にできるはずです。（p.230）</p>
<p><em>「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟しよう。――このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々であれば、争いはしずまる。『法句経』第6偈</em></p>
<p>これは必ずしも家庭や社会での人間関係をいっているものではありませんが、まさしく国と国との争いごとを解消しようとするさい、考えられなければならないことがらではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong>【付録】<span style="text-decoration: underline;">賢老の勧め</span></strong></p>
<p><em><em>頭髪が白くなったからとて＜長老＞なのではない。ただ年をとっただけならば、「空しく老いぼれた人」と言われる。<br /></em>誠あり、徳あり、慈しみがあって、傷（そこな）わず、つつしみあり、自らととのえ、汚れを除き、気をつけている人こそ「長老」と呼ばれる。『法句経』第260-261偈</em></p>
<p><em>老いた日に至るまで戒（いまし）めをたもつことは楽しい。信仰が確立していることは楽しい。明らかな知慧を体得することは楽しい。もろもろの悪事をなさないことは楽しい。『法句経』第333偈</em></p>
<p>仏教を学び、自らの人生を正しく生きることは、とても楽しいことなのです（cf. 『法句経』第194偈）。年老いて、たとえ病にあったとしても、こころの無限なる向上をおこたらず、常に健康でありたいものです。</p>
<p style="text-align: right;">良海（2012/4/2）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2622.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>第13回「釈迦寺こころの会」を開催しました</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2573.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2573.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Apr 2012 11:49:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2573</guid>
		<description><![CDATA[4月11日（水）、第13回「釈迦寺こころの会」を開催いたしました。 当日は雨天の中、大勢の方々にご参加いただきました。ありがとうございました。 開式の辞に続き、御法楽にて皆様と御一緒に、般若心経を声高らかに読誦させていた [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/012.jpg" rel="lightbox[120417]"><img class="alignright size-medium wp-image-2574" title="第13回「釈迦寺こころの会」1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/012-220x165.jpg" alt="第13回「釈迦寺こころの会」1" width="220" height="165" /></a>4月11日（水）、第13回「釈迦寺こころの会」を開催いたしました。</p>
<p>当日は雨天の中、大勢の方々にご参加いただきました。ありがとうございました。</p>
<p>開式の辞に続き、御法楽にて皆様と御一緒に、般若心経を声高らかに読誦させていただきました。</p>
<p>第一席は、西村博祥僧侶によるご法話。在家から仏道に進まれたご体験、若き日に東京から京都の伏見稲荷まで徒歩、巡礼されたことなどのお話がありました。</p>
<p>第二席は、『仏教聖典』（仏教伝道協会）の読誦。今回は「ほとけ」の第三章「仏の姿と仏の徳」を西川則明在家僧侶による先導のもと皆で朗読いたしました。</p>
<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/015.jpg" rel="lightbox[120417]"><img class="alignright size-medium wp-image-2576" title="第13回「釈迦寺こころの会」2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/015-220x165.jpg" alt="第13回「釈迦寺こころの会」2" width="220" height="165" /></a>第三席は、高田良海僧侶による『仏教聖典』の解説。仏の三身説（法身・報身・応身）について皆で勉強いたしました。</p>
<p>仏さまの教えを明るく楽しく学ぶ場がこころの会です。ぜひ多くの皆様のご参加をお待ちしております。</p>
<p class="tri clear"><a href="http://www.syakaji.jp/events/monthly/kokoronokai">釈迦寺こころの会</a></p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2573.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>「花まつり」を開催いたしました</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2540.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2540.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Apr 2012 07:53:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2540</guid>
		<description><![CDATA[■釈迦寺 小室 四月八日、お釈迦様の御誕生の日に関東本院小室に於いて、花祭りを催しました事を皆様に御報告申し上げます。 晴天に恵まれたなか、大本堂にて十時より僧侶の読経が始まりました。式の途中、花びらに見立てた散華が美し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■釈迦寺 小室</strong></p>
<p>四月八日、お釈迦様の御誕生の日に関東本院小室に於いて、花祭りを催しました事を皆様に御報告申し上げます。</p>
<p>晴天に恵まれたなか、大本堂にて十時より僧侶の読経が始まりました。式の途中、花びらに見立てた散華が美しく舞いました。</p>
<p>その後、多くの御参詣の方々と共に、誕生仏に甘茶をかける灌仏（かんぶつ）を行いました。</p>
<p>式の最後に竹田明秀門主より、お釈迦様がお生まれになった時の事について御法話を頂きました。</p>
<p>たくさんの花でお飾りされた誕生仏のお姿を見ておりますと、お釈迦様がこの世にお生まれになられ、未来にまで通じる法を残されたことが、どれだけ有難い事かと思わずにはいられませんでした。</p>
<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro11.jpg" rel="lightbox[120410]" ><img class="alignleft size-medium wp-image-2552" title="花まつり 釈迦寺小室1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro11-220x165.jpg" alt="花まつり 釈迦寺小室1" width="220" height="165" /></a><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro21.jpg" rel="lightbox[120410]" ><img class="alignnone size-medium wp-image-2553" title="花まつり 釈迦寺小室2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro21-220x165.jpg" alt="花まつり 釈迦寺小室2" width="220" height="165" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong>■釈迦寺 稲毛</strong></p>
<p>四月八日、稲毛別院初めての〝花まつり〟法要は、好天にも恵まれ沢山の方々のご来寺を賜わりました。</p>
<p>般若心経や釈迦讃等の読経の中、甘茶をお釈迦様の誕生仏にかける、灌仏(かんぶつ)が行われ、他のご法要とは異なる、華やかさと温かさがかもし出されました。可憐な花々で荘厳された花御堂(はなみどう)は、文字通りご参拝の方々の心を魅了したようです。</p>
<p>甘茶かけでは、幼き日の思い出がよみがえり、涙ぐむお姿もお見受けされました。古より伝わる心豊かな風習、行事に心を尽し発信する大切さ。みんなのお寺としての使命を改めて感じさせられました。</p>
<p><a rel="lightbox[120410]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage11.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2546" title="花まつり 釈迦寺稲毛1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage11-220x165.jpg" alt="花まつり 釈迦寺稲毛1" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120410]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage21.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2547" title="花まつり 釈迦寺稲毛2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage21-220x165.jpg" alt="花まつり 釈迦寺稲毛2" width="220" height="165" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong>■釈迦寺 船橋中央</strong></p>
<p>桜咲き誇る四月八日、お釈迦さまが誕生されました。</p>
<p>お釈迦さまは、私たちにとって大いなる光明のようなお方。</p>
<p>私たちの幸せを願ってお生まれになりました。仏誕をお祝いし、功徳をいただくのが花まつりです。</p>
<p>産湯の代わりとして甘茶をかける。その甘茶はご参集いただいた皆さま方にお接待として振舞われました。</p>
<p><a rel="lightbox[120410]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi12.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2548" title="花まつり 釈迦寺船橋1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi12-220x165.jpg" alt="" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120410]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi22.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2549" title="花まつり 釈迦寺船橋2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi22-220x165.jpg" alt="花まつり 釈迦寺船橋2" width="220" height="165" /></a></p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2540.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>[第6号 2012/03/28] 空（くう）</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2619.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2619.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 14:29:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[メールマガジン]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2619</guid>
		<description><![CDATA[━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [INDEX] 空（くう） ──────────────────────────────── 【1】無・不・空 【2】無上甚深微妙法 【3】徳利のたとえ  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[INDEX] 空（くう）</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>【1】無・不・空</p>
<p>【2】無上甚深微妙法</p>
<p>【3】徳利のたとえ</p>
<p>【4】愛車のたとえ</p>
<p>【5】「空」は「非存在（無）」ではない</p>
<p>【6】宗教的体験の必要性</p>
<p>【7】否定的なことばづかいとしての空</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[1]：無・不・空</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>260余字の『般若心経』ですが、「空」が7回、「無」が17回（「無上」</p>
<p>などの用例も含めれば21回）、「不」が8回でてきます。空（くう）とは、</p>
<p>基本的には否定的なことばづかいなのです。</p>
<p>ここでは空の教えについて、仏、すなわち目ざめたお方、迷いを脱した</p>
<p>お方の知見であるということを念頭において、考えを進めてみましょう。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[2]：無上甚深微妙法</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>仏教の教えは、根源的に、世間の流れに逆らうもの、という性格を有して</p>
<p>います。</p>
<p>成道（じょうどう）してから間もなく、説法に至るまでの釈尊の心に、</p>
<p>次のような考えが生じたと伝えられます。</p>
<p>「まことに私が証得（しょうとく）したこの真実の道理（ダルマ、法）は</p>
<p>深遠で見がたく、知りがたく、寂滅しており、妙勝であり、考察しがたく、</p>
<p>微妙（みみょう）であり、智者のみが知り得るものである。</p>
<p>まことにこの世間の人々は愛著（あいじゃく）を楽しみ、愛著を好み、</p>
<p>愛著を喜んでいる」（宮元啓一訳）云々と。</p>
<p>釈尊のさとりは、世の中にはとうてい受け容れられないことがらなのです。</p>
<p>しかし釈尊は慈悲のこころから説法を決意されました。</p>
<p>自らさとった真実の道理を伝えたい。釈尊は、通常の理解能力をもった</p>
<p>私たちにも分かるように教えを説かれたのです。</p>
<p>「五蘊は皆空なり」（五つの構成要素（五蘊）が存在する。</p>
<p>それらは自体（自性）が空である）とは深遠な教えであり、よく分からない</p>
<p>のですが、決して理解不可能なのではありません。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[3]：徳利のたとえ</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>空（くう）を説明する場合、たとえを用いるのが分かりやすいようです。</p>
<p>お酒などを入れる容器を徳利（とくり）といいますが、「徳利が空（から）だ」</p>
<p>という場合、どのようなことを意味しているのでしょうか。</p>
<p>もちろん徳利の中にお酒がないということであって、「徳利」という容器</p>
<p>そのものの非存在をいっているのではありません。</p>
<p>しかし、お酒が入っていない徳利は、はたして「徳利」という名で呼ばれる</p>
<p>ものなのでしょうか。</p>
<p>もしかすれば、花生け、一輪挿しとして用いられるかも知れません。</p>
<p>「色（しき）はすなわちこれ空なり」（色であるものは空性であり）とは、</p>
<p>色（いろ・かたちあるもの）は、本来色（しき）がそなえているべき、</p>
<p>自体がない、ということなのです。</p>
<p>「本来色がそなえているべき自体」とは、私たちが色に対してあるべき、</p>
<p>あるはずだと考え、期待している実体をいいます。『般若心経』は自体がない、</p>
<p>空（くう）なりということによって、徳利は「徳利」との名称に対応する、</p>
<p>実体としての＜徳利＞を欠いていることを私たちに教えているのです。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[4]：愛車のたとえ</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>もう一つたとえを出します。皆さまは車を運転されるでしょうか。</p>
<p>私は三年ほど前に買った国産の中古車を毎日のように乗っています。</p>
<p>新車ではなかったので、いまも、さほど「マイ・カー」という意識は</p>
<p>ありませんが、丁寧に運転しているつもりです。</p>
<p>もしこの車が新車であり、まして外国車であれば、もっと気をつかって</p>
<p>いるかも知れません。ことばとは不思議なものです。</p>
<p>「中古車」と「新車」、「国産車」と「舶来車」。</p>
<p>もちろん性能に違いがないわけではないのでしょうが、ことばはそれ以上の</p>
<p>何らかのものを私たちの意識に付加してしまうのです。</p>
<p>そして「私の車」と「他人の車」となれば、どちらも同じ車のはずなのですが、</p>
<p>私の車の方が大切。やっかいなことです。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[5]：「空」は「非存在（無）」ではない</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>空(くう)という語は、元来はからっぽ、中身のないことを意味します。</p>
<p>数字のゼロ（〇）もそれです。英語では、empty, emptiness と訳されます。</p>
<p>そうです、車のガス欠を知らせる「E」のことです。</p>
<p>「色（しき）はすなわちこれ空なり」とは、色は自体を欠いているという</p>
<p>ことを教えているのであり、色の非存在をいうのではありません。</p>
<p>では、先の徳利のたとえでの、＜徳利＞としての実体のない徳利とは、</p>
<p>何ものなのでしょうか。ただ空（くう）だとしか表現できません。</p>
<p>「空の中には、色もなく」（空においては色なく）云々といわれるのは、</p>
<p>そのことを伝えているのです。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[6]：宗教的体験の必要性</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>何が何だか分からなくなってきましたが、私には次の説明がすごく納得</p>
<p>できるようです。</p>
<p>「もし　あなたが　目も見えず　耳を聞こえず　味わうこともできず</p>
<p>触覚もなかったら　あなたは　自分の存在を　どのように感じるでしょうか</p>
<p>これが「空」の感覚です」（柳澤桂子『生きて死ぬ智慧』）。</p>
<p>本文中の「感覚」とは、直接知覚、ことばを介さない理解をいうのでしょう。</p>
<p>すなわち体感ということです。私も、空について昼夜問わず考察していたとき、</p>
<p>自分の存在が軽く感じられたり、身のまわりのすべてが明るく輝いている</p>
<p>ように見えたという経験があります。</p>
<p>修行の階梯における、小さくても大切な体験として決して忘れられません。</p>
<p>たとえば、大病を患った人が、健康の大切さを知るようなものなのではない</p>
<p>でしょうか。</p>
<p>空の理解を深めるためには、必ず何らかの宗教的体験が必要であり、それは、</p>
<p>ひとたびすべての存在を否定し去るような強力な体験であるようです。</p>
<p>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━</p>
<p>[7]：否定的なことばづかいとしての空</p>
<p>────────────────────────────────</p>
<p>今回は、空の原意に添いながら、その否定的な用法の局面を中心に記して</p>
<p>きました。</p>
<p>それは決して容易に理解できるものではなかったのではと心配していますが、</p>
<p>基本的な情報であり、大切なことがらであると私は考えています。</p>
<p>その後、空の思想は肯定的な意味合いを加えながら、より深められていき</p>
<p>ました。</p>
<p>次回は「色即是空　空即是色」をめぐるさまざまな解釈について紹介して</p>
<p>みたいと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p>【参考文献】立川武蔵「『般若心経』について」『在家仏教』2011/9</p>
<p>&nbsp;</p>

<p>（執筆担当者　良海）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/mailmagazine/2619.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>第12回「釈迦寺こころの会」を開催しました</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2565.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2565.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 11:43:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2565</guid>
		<description><![CDATA[春が待ち遠しい三月、第12回「釈迦寺こころの会」を開催いたしました。 釈迦寺稲毛・黒田夢道住職のあいさつ、土田明佳尼僧の先導にて御法楽、般若心経を出席者一同で読誦、読経の声が大本堂に響き渡るなか、こころの会が始まりました [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/P3140023.jpg" rel="lightbox[120417]"><img class="size-medium wp-image-2566 alignright" title="第12回「釈迦寺こころの会」1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/P3140023-220x165.jpg" alt="第12回「釈迦寺こころの会」1" width="220" height="165" /></a>春が待ち遠しい三月、第12回「釈迦寺こころの会」を開催いたしました。</p>
<p>釈迦寺稲毛・黒田夢道住職のあいさつ、土田明佳尼僧の先導にて御法楽、般若心経を出席者一同で読誦、読経の声が大本堂に響き渡るなか、こころの会が始まりました。</p>
<p>第一席は、ゲスト講師によるご法話、浄土宗僧侶の黒川義一先生による「浄土について」のお話。</p>
<p>第二席は、シリーズ『仏教聖典』（仏教伝道協会）朗読。西川則明在家僧侶先導で、今回は「ほとけ」の第二章「永遠の仏」を読誦いたしました。</p>
<p><a href="http://www.syakaji.jp/wp/images/P3140038.jpg" rel="lightbox[120417]"><img class="alignright size-medium wp-image-2568" title="第12回「釈迦寺こころの会」2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/P3140038-220x165.jpg" alt="第12回「釈迦寺こころの会」2" width="220" height="165" /></a>第三席は、大浦弘俊僧侶による『仏教聖典』解説。</p>
<p>こころの会では、仏教を分かりやすくお伝えしようとつとめております。</p>
<p>どうぞ皆様、お気軽にお越しください。お待ちしております。</p>
<p class="tri clear"><a href="http://www.syakaji.jp/events/monthly/kokoronokai">釈迦寺こころの会</a></p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2565.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>春彼岸大法要を厳修いたしました</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2510.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2510.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 23 Mar 2012 08:14:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2510</guid>
		<description><![CDATA[平成24年 春期彼岸会大法要のご報告 ■釈迦寺 小室彼岸の中日にあたる３月２０日に小室大本堂において、朝9時の開白の座より七座の彼岸供養の行法が修行され、無魔成満しましたことを皆様に御報告申し上げます。あいにくの曇り空も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><strong>平成24年 春期彼岸会大法要のご報告</strong></p>
<p><strong>■釈迦寺 小室<br /></strong>彼岸の中日にあたる３月２０日に小室大本堂において、朝9時の開白の座より七座の彼岸供養の行法が修行され、無魔成満しましたことを皆様に御報告申し上げます。<br />あいにくの曇り空も、正午すぎの座には晴天となり、多くの御参詣の方々に追善菩提の真心を顕して頂きました。<br />院内の催しにも御好評を頂き、とくに「アーティフィシャルフラワー」は大人気で、御用意していた材料が昼過ぎには尽きてしまううれしい誤算でした。<br />東北大震災から一年、昨年の彼岸会準備の困難を思い出しながら、皆様を御迎えする僧侶、スタッフ一同、例年にない緊張と、感慨深く法会に従事して参りました。<br />最後の座に小林住職より御法話があり、御自身が東松島の被災地に入られ、御供養を経験された御話しをされました。参拝の方々が一言も発さず聞き入られておられる御姿が印象的でした。<br />皆様に御支え頂き、仏様に御使えできる身の幸せと、皆様の亡き故人様に対する思いの深さに寺院として、僧侶として、宗教者としていかに御答えすべきかと、自問自答に終始した春の一日でした。</p>
<p class="clearfix"><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2513" title="春彼岸大法要 小室1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro1-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 小室1" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro2.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2514" title="春彼岸大法要 小室2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro2-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 小室2" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro3.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2515" title="春彼岸大法要 小室3" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/komuro3-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 小室3" width="220" height="165" /></a></p>
<p class="clear"></p>
<p><strong>■釈迦寺 稲毛<br /></strong>遅れ咲きの梅の香匂う三月二十日春彼岸会大法要が当道場に於いて厳かに修法されました。<br />まず東日本大震災物故者の霊に心を捧げ、導師、式衆の読経に続き、百十余名の声を合わせての大読経、〝般若心経〟は大本堂に快い熱気を響き渡らせました。<br />前月、納骨堂も完成し、数多くの方々のご来寺を賜わりました。お念珠作りの会場も大盛況!!<br />ひ孫様お孫様連れの信者様もお見えになり、本堂、各納骨堂は親子、縁者の〝絆〟を結ぶ、温かく穏やかな空間となりました。<br />この光景はさながらに、これからのお寺の位置付けを感じさせられるものでした。合掌</p>
<p class="clearfix"><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2517" title="春彼岸大法要 稲毛1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage1-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 稲毛1" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage2.jpg"><img class="size-medium wp-image-2518 alignleft" title="春彼岸大法要 稲毛2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage2-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 稲毛2" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage3.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2527" title="春彼岸大法要 稲毛3" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/inage3-220x165.jpg" alt="" width="220" height="165" /></a></p>
<p class="clear"></p>
<p><strong>■釈迦寺 船橋中央<br /></strong>三月二十日、晴天に恵まれる中、萬徳院釈迦寺船橋中央春の彼岸会を厳修致しました。<br />間断なき僧侶の読経響く中、参拝者の皆様には香の供養をして頂き、故人様のご冥福を皆様でお祈り申し上げました。<br />また、折を見て住職によるお経の功徳についてのご法話を頂き、法筵と相成りました。<br />またのお参りを心よりお待ち申し上げております。</p>
<p><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi1.jpg"><img class="size-medium wp-image-2520 alignleft" title="春彼岸大法要 船橋1" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi1-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 船橋1" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi2.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-2528" title="春彼岸大法要 船橋2" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi2-220x165.jpg" alt="" width="220" height="165" /></a><a rel="lightbox[120323]" href="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi3.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-2529" title="春彼岸大法要 船橋3" src="http://www.syakaji.jp/wp/images/funabashi3-220x165.jpg" alt="春彼岸大法要 船橋3" width="220" height="165" /></a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2510.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>3月の「坐禅会」及び「写経会」の日程変更のお知らせ</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2290.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2290.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 01:35:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2290</guid>
		<description><![CDATA[平素は、萬徳院 釈迦寺の護持運営にご高配ご尽力を賜り、厚くお礼申し上げます。毎月第3火曜日に催しております「坐禅会」及び「写経会」ですが、3月の両行事については、下記の通り、日程が変更となりました。 ■釈迦寺 小室坐禅会 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>平素は、萬徳院 釈迦寺の護持運営にご高配ご尽力を賜り、厚くお礼申し上げます。<br />毎月第3火曜日に催しております「坐禅会」及び「写経会」ですが、3月の両行事については、下記の通り、日程が変更となりました。</p>
<p><strong>■釈迦寺 小室<br /></strong>坐禅会・・・3月13日（火）8：00<br />写経会・・・3月13日（火）9：00</p>
<p><strong>■釈迦寺 稲毛<br /></strong>坐禅会・・・3月27日（火）8：00<br />写経会・・・3月27日（火）9：00</p>
<p><strong><br /></strong></p>
<p>参加予定の皆様には大変ご迷惑おかけいたしますが、何卒ご理解の程、宜しくお願い致します。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2290.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>第八回 お寺で学ぼう 参加者（小学生）募集</title>
		<link>http://www.syakaji.jp/news/2467.html</link>
		<comments>http://www.syakaji.jp/news/2467.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 07:44:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>adupt</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.syakaji.jp/?p=2467</guid>
		<description><![CDATA[今年のテーマ「手を合わす　感謝のこころで　～絆（きずな）～」 【開催場所/日時/募集人数】●釈迦寺 小室2012年07月26日(木) ～27日(金) 一泊二日　40名※10時からの閉講式において、参加者の小学生と共に「親 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年のテーマ「手を合わす　感謝のこころで　～絆（きずな）～」</p>
<p><strong>【開催場所/日時/募集人数】<br /></strong><strong>●釈迦寺 小室</strong><br /><strong>2012年07月26日(木) ～27日(金)  一泊二日　40名</strong><br />※10時からの閉講式において、参加者の小学生と共に「親子で大法要」を行います。保護者の皆さんは開校式、閉校式には、是非ともご出席下さい。</p>
<p><strong>●釈迦寺 稲毛<br /> 2012年08月24日(金)　日帰り　20名</strong></p>
<p><strong>【参加費】<br /></strong>無料</p>
<p><strong>【参加資格】<br /></strong>小学生<br />※募集人数に限りがございますので、初めての方を優先させていただきます。<br />※お申込いただいた方に詳しい資料をお送りいたします。</p>
<p><strong>【お申込方法】<br /></strong><a href="https://ssl.syakaji.jp/contact">お問合せフォーム</a>に下記必要事項を入力し送信していただくか、お電話にてお申込下さい。<br />申し込みは4月1日より開始し、6月末日まで受け付けます。抽選後、すべての方にご連絡申し上げますので、奮ってご参加お申し込みください。<br />お名前、メールアドレス、ご住所、電話番号の他、「お問合せ内容」欄に、下記の必要事項を入力してください。</p>
<p>・参加希望場所（小室または稲毛、もしくは両方）<br />・参加者児童氏名<br />・参加者児童氏名（ふりがな）<br />・性別（男/女）<br />・年齢（　才）<br />・参加者児童生年月日<br />・血液型<br />・学校名<br />・学校名（ふりがな）<br />・学年（　年生）<br />・保護者名<br />・保護者名（ふりがな）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.syakaji.jp/news/2467.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

