第7回「釈迦寺こころの会」を開催しました
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2011年10月31日
第7回「釈迦寺こころの会」を開催しました
第7回「釈迦寺こころの会」を10月26日(水)釈迦寺稲毛別院において開催いたしました。
当日は秋晴れの気持ちの良い一日でした。
法話会のファンの方々も徐々に増え、多くの方のご参加を有難く思い心より感謝申し上げます。
「釈迦寺こころの会」は、悩み多い現代をより良く生きるために「仏教の智慧(ちえ)」を人生に活かすための分かりやすい勉強の場です。
当日は、萬徳院釈迦寺 関東本院 小林玉明 住職の司会・進行で始まり、稲毛別院 黒田夢道 住職の挨拶、そして、第一席は江島靖秀 僧侶の「神道のお話」で、内容は日本の信仰の原点のお話でした。
第二席は、土田明佳 尼僧による「私の仏道」と題して、豊富な経験の中から身近な法話をいただきました。
次の法話からは、今、世間で一番親しまれ、大変ポピュラーな存在の「般若心経」について集中的に取り上げ、それぞれの立場で解説していただきました。
まず、小林住職による分かりやすい「般若心経」の解説として、全体的なお話と特徴のある部分について解説していただきました。
次の第四席では、西川則明 僧侶が継続している「寂聴・痛快!仏教塾」の読み解きを、今回は第七章「般若心経入門」と題して、新たな機軸も加えた読み解きがありました。
第五席は、「般若心経」について、釈迦寺教務課 高田良海 僧侶の方から、クイズ形式による和やかな法話をいただきました。
最後は、今野先生による瞑想で気持ち良く終了となりました。
参加者からは、「今日は来て本当によかった」「般若心経のことが少し分かって嬉しい」「毎回欠かさず出席します」「とても心が穏やかになりました」など、多くの感謝と喜びの声をいただきました。次回は11月9日(水)を予定しています。
初めての方も、是非お気軽にご参加ください。お待ちしております。
合掌
2011年10月28日
[第1号 2011/10/28]『般若心経』難しいのは当たり前?
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[INDEX]
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【1】ごあいさつ
【2】『般若心経』難しいのは当たり前?
【3】般若心経【なぞなぞ篇】
【4】般若心経【標語篇】
【5】おわりに
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[1]:ごあいさつ
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本日より、釈迦寺・仏教綜合学院によるメール・マガジンを発刊いたします。
通常の内容は、『仏教初歩入門』の解説、仏典から学ぶ人間学、仏教書の紹介、
釈迦寺僧侶のつぶやき、読者による投稿などで構成する予定です。
今回は手始めとして、『般若心経』をめぐるお話です。
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[2]:『般若心経』難しいのは当たり前?
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『般若心経』は、迷いにある私たちを悟りへと導くに充分な内容を有しています。
「簡にして要なり、約やかんじて深し。誦持・講供すれば、すなわち抜苦与楽し、
修習・思惟すれば、すなわち得道起通す。甚深の称、誠によろしくしかるべし」
とは弘法大師・空海のことば。『般若心経』は難しいのは当たり前。
だけど『般若心経』は、私たちにとって、最も身近なお経。
ここでは『般若心経』の核心に触れることのできる、なぞなぞ、または標語を
作成してみました。
がんじがらめになったお頭(つむ)を柔らかくして、お楽しみください。
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[3]:般若心経【なぞなぞ篇】
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Q1. 「心無?礙」についてのなぞなぞです。とるべき心の「しみ」は?
(答えは三つあります。)
【答え】
苦しみ、憎しみ、悲(かな)しみ。苦しみを楽しみに、憎しみを慈(いつく)しみに、
悲しみを憐(あわ)れみに、変えることができますように。
Q2. 年をとればとるほど近くなるものは?
(人によって答えはそれぞれです。)
【答え】
新聞紙(老眼が進めば、知らず知らず、新聞紙に顔を近づけてしまいます。)
他に、死、トイレなどがあります。老いは嫌なものですが、嫌がるばかりでは
どうしようもありません。
老いを受け入れ、無理はせず、実りある、静かな最期に向かいたいものです。
Q3.きれいにすればするほど汚れるものは?
(小学生でも答えられる、古典的ななぞなぞです。)
【答え】
雑きん。珍回答として、「お肌」がありました。そのこころは?
一生懸命にお化粧をしてきれいにしているのに、時にはお肌にダメージを
与えてしまいます。皆さま、気を付けましょう。
Q4. 目を閉じて、耳を塞(ふさ)げば、見えて、聞こえてくるものは?
【答え】
人の素直な気持ち、自然のありのままの姿、など。
「目を閉じて何も見えず」とは谷村信司さんの「昴」の一節。
しかし一日中、目はいろんな色・形を見っぱなし、耳は音を聞きっぱなしでは、
情報にながされてしまいます。一日のうち、数分だけでも、目を閉じ、耳を塞ぎ、
自らの心を顧みる時間の余裕を持ちたいものです。
これは「無眼耳、云々」に関するなぞなぞでした。
「きらびやかな色彩は目をまどわせ、妙なる音楽は耳をくるわせ、
美味は舌をまひさせる。ゆえに聖人は心を本として目を本としない。」『老子』、
「心だけが、正しくものを見ることができるのさ。ほんとうに大切なものは
目には見えないんだよ」『星の王子さま』
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[4]:般若心経【標語篇】
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「不生不滅」は、生命(いのち)の大きな流れとしても理解できます。
決して無から有は生じません。有であるものは、たとえ消えてしまったとしても、
無となった訳ではありません。そこで標語。
「今年はお爺さんの七回忌。可愛い初孫、生れました。」
「産婦人科病院の前の道を走り抜ける、霊柩車」など。
毎日のように多くの人が逝去し、また多くのいのちが生れています。
それは人間だけでなく、いかなる生きものも同じこと。
そしておそらく宇宙天体でも、どこかの星が消滅し、いずれかの星が誕生して
いるのでしょう。生命(いのち)の流れは、途絶えることはありません。
「不増不減」。増えたり、減ったりするのは当たり前。
決して増える一方ということも、減るばかりということもありません。
だけど、私たちは貯金を増やすことだけを考えています。だから『心経』は
「不増不減」と教えてくれるのです。そこで標語。
「豊かさを味わうためには量ではなく、満足する心が必要不可欠」
「不垢不浄」は「垢つかず、浄からず」と読みます。いつまでも汚れたままではなく、
また綺麗な状態を保たれるわけないと理解することもできます。
たとえば、靴下が汚れたなら、洗えばいいのです。穴があけば繕(つくろ)えば
いいのです。
また車を新しく買ったならば、いつまでも新品の状態をキープしようとやっきになり、
少しでもキズがつけばがっかりしてしまいませんか。「不垢不浄」とは、私たちの物に
対する執着の心に反省を促しているのです。
「汚れれば洗えばいい、壊れれば直せばいい、物は最後まで大切に使うがいい」
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[5]:おわりに
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最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
みなさん、第1回目のメールマガジンはいかがでしたでしょうか?
今後も仏教を通じて、生きていくための糧となるようなお話をご紹介していきますので、
楽しみにしていてください。
2011年10月27日
「萬徳院 釈迦寺メールマガジン 第1号」般若心経【なぞなぞ篇】の解答
10月28日発行の「萬徳院 釈迦寺メールマガジン 第1号」に掲載いたしました般若心経【なぞなぞ篇】の解答です。
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Q1. 「心無罣礙」についてのなぞなぞです。とるべき心の「しみ」は?(答えは三つあります。)
?【答え】
苦しみ、憎しみ、悲(かな)しみ。苦しみを楽しみに、憎しみを慈(いつく)しみに、悲しみを憐(あわ)れみに、変えることができますように。
?
Q2. 年をとればとるほど近くなるものは?(人によって答えはそれぞれです。)
?【答え】
新聞紙(老眼が進めば、知らず知らず、新聞紙に顔を近づけてしまいます。)
他に、死、トイレなどがあります。老いは嫌なものですが、嫌がるばかりではどうしようもありません。
老いを受け入れ、無理はせず、実りある、静かな最期に向かいたいものです。
?
Q3.きれいにすればするほど汚れるものは?(小学生でも答えられる、古典的ななぞなぞです。)
?【答え】
雑きん。珍回答として、「お肌」がありました。そのこころは?
一生懸命にお化粧をしてきれいにしているのに、時にはお肌にダメージを与えてしまいます。皆さま、気を付けましょう。
?
Q4. 目を閉じて、耳を塞(ふさ)げば、見えて、聞こえてくるものは?
【答え】
人の素直な気持ち、自然のありのままの姿、など。
「目を閉じて何も見えず」とは谷村新司さんの「昴」の一節。
しかし一日中、目はいろんな色・形を見っぱなし、耳は音を聞きっぱなしでは、情報にながされてしまいます。一日のうち、数分だけでも、目を閉じ、耳を塞ぎ、自らの心を顧みる時間の余裕を持ちたいものです。
これは「無眼耳、云々」に関するなぞなぞでした。
「きらびやかな色彩は目をまどわせ、妙なる音楽は耳をくるわせ、美味は舌をまひさせる。ゆえに聖人は心を本として目を本としない。」『老子』、「心だけが、正しくものを見ることができるのさ。ほんとうに大切なものは目には見えないんだよ」『星の王子さま』
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さて、皆さんはどれくらい解答できたでしょうか?次回のメールマガジンもお楽しみに。
2011年10月22日
11月の「坐禅会」及び「写経会」の日程変更のお知らせ
11月の「坐禅会」及び「写経会」の日程変更のお知らせ
平素は、萬徳院 釈迦寺の護持運営にご高配ご尽力を賜り、厚くお礼申し上げます。
毎月第3火曜日に催しております「坐禅会」及び「写経会」ですが、11月の両行事について11月15日(火)から、11月8日(火)に変更となりました。
急な変更により、ご参加予定の皆様には大変ご迷惑おかけいたしますが、何卒ご理解の程、宜しくお願い致します。