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[第9号 2012/06/29] 般若波羅蜜多呪
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[INDEX] 般若波羅蜜多呪
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【0】くわばら、くわばら
【1】「呪」は真実のことば
【2】般若波羅蜜多の呪の効用
【3】『般若心経』の「心」の意味
【4】呪・真言は翻訳しないもの
【5】大神呪、大明呪、無上呪、無等等呪
【6】呪のとなえ方とその機能
【7】心経読誦・写書の勧め
【8】次回の予告
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> [0]:くわばら、くわばら
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先日台風4号が和歌山県南部に上陸し、日本各地に甚大な被害をもたらした。
最近、自然災害が増えているのではないかと危惧している。
その原因のひとつには、私たち人間の生活態度が指摘されるであろう。
こわいのは自然災害ではなく、自分勝手な人間の存在なのである。
くわばら、くわばら。
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> [1]:「呪」は真実のことば
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今回は経末の「般若波羅蜜多呪」についてご説明いたします。
お経では、「故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神呪なり。
これ大明呪なり。これ無上呪なり。これ無等等呪なり。
よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。故に般若波羅蜜多の呪を説く。
即ち呪を説いて曰く。羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」とあります。
写経では「呪」よりも「咒」の方を用いるのがやや多いようです。
辞書には「咒」は「呪」の俗字とあります。
さて「呪」は「呪文」という熟語で「まじない、のろいの文句」として用いられますが、
ここでは「真実のことば」としてご理解ください。
呪は、私たちの心を動かすに足る神秘的な力を有しています。まわりの人々、
自然界にも好ましい影響を与えます。
たとえば、うそ・いつわりのない「あなたを愛しています」ということばは
一種の呪であり、相手の心に感動を生じさせ、自らをもまた幸せにします。
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> [2]:般若波羅蜜多の呪の効用
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般若波羅蜜多の呪の効用は「能除一切苦」と示されています。
経のはじめの「度一切苦厄」は、それを受けてのものなのです。
「度一切苦厄」はサンスクリット本にはなく、漢訳者が補った可能性があります。
般若波羅蜜多の呪を繰り返しとなえることは、般若波羅蜜多の実践にも相等する
ものなのです。般若波羅蜜多の実践に依り、阿耨多羅三藐三菩提が獲得されます。
したがって、般若波羅蜜多の呪は、苦厄を払うだけでなく、無上正等覚へと私たちを
導く効力を発揮するのです。
その意味において、般若波羅蜜多の呪はまさしく「真実不虚」であるといわれるのです。
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> [3]:『般若心経』の「心」の意味
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『般若心経』の「心」は、原語であるhrdayaからいえば、mind(精神)ではなく、
heart(心臓)としての心(むね、むねのうち)を意味しています。
したがって、『般若心経』は、十六会・六百巻から成る『大般若経』の核心(essence神髄)
であるとしばしば説明されます。
しかしhrdayaは「心真言」と訳される場合があるように、経末の呪を指していると
理解するのが妥当なのです。「心真言」の用例は、密教のお経に用いられます。
さらには『般若心経』全体を「心呪」として理解することも可能であり、
『般若心経』は、般若波羅蜜多の実践である空性の智の内容を説く教理的な
お経であると同時に、たとえその内容が十分に理解されていないとしても、
繰り返しとなえることを要求し、読誦を通して「能除一切苦」、いわばご利益(りやく)
が期待されるお経でもあるのです。
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> [4]:呪・真言は翻訳しないもの
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「羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」(gate gate paragate parasamgate bodhi svaha)
は、次のように翻訳することができます。
「行きたるもの(般若波羅蜜)よ。行きたるものよ。彼岸に行きたるものよ。
彼岸に行き着いたるものよ。悟りよ。幸いあれ」(立川武蔵訳)。
それ以外にも多くの翻訳があり、文法的には翻訳を決定することはできないようです。
ちなみに私自身は、次のように説明することを常套としています。
英語はインド・ヨーロッパ語族に属します。ですから、英語には、インド語と
類似する語がいくつかあります。決して学問的に正しいわけではありませんが、
羯諦(gate)のgaはgoです。羯諦のteはlet'sです(これはまったくのデタラメ)。
ですから、gateはlet's go(行きましょう)となります。
波羅羯諦のparaは波羅蜜多と同じで、むこう岸、さとりの彼岸。ですから、迷いを超えて、
さとり、涅槃の境地へ行きましょう。
波羅僧羯諦のsamは英語のsum(合計,総計)に似て、一緒に、完全にですから、
一緒に手を取ってさとりへと向かいましょう、です。
菩提(bodhi)はさとり、ほとけの智慧のこと。そして薩婆訶(svaha)はいわばgood luck
であり、幸運・成功を祈ることばで、幸いあれと理解すればいいでしょう。
このようにお話して、呪の意味をお伝えしています。
ただし、呪は私たちの理解・思議を超えた、不可思議なほとけの秘密語であり、
幾重にも理解を深めることが可能なことばなのです。したがって、玄奘三蔵であっても、
呪は漢文に訳さず、インド語の音・響きをそのままに漢字に写したのでした。
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> [5]:大神呪、大明呪、無上呪、無等等呪
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お経では「般若波羅蜜多はこれ大神呪なり。これ大明呪なり。これ無上呪なり。
これ無等等呪なり」と繰り返えし、般若波羅蜜多、あるいはサンスクリット本では
般若波羅蜜多の呪がたたえられています。
類似表現を繰り返すことは、理解を深め、強調としても効果的で、仏典では
しばしば見いだせます。
たとえば、苦の類似表現として、愁・悲・苦・憂・悩があります。弘法大師は
『般若心経』は「大般若菩薩の大心真言・三摩地法門なり」(自内証の教え)
として、七宗の行果(仏教全宗派の実践と成果)すべてを説き、顕密の法教
(顕教と密教の二つの教え)をともに含むものであると理解されています。
そこで弘法大師は、大神呪、大明呪、無上呪、無等等呪の四つの表現を順次声聞、
縁覚、諸大乗、真言にあてて、深まりゆく修行の階梯を意識して解釈する仕方を
提示しています。
詳しくは、松長有慶『空海 般若心経の秘密を読み解く』、竹村牧男『般若心経を読みとく』
などをご参照ください。
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> [6]:呪のとなえ方とその機能
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呪は、シチュエーションが調わなければ、充分な効果を発揮しないのでは
ないでしょうか。
たとえば、先に示した「あなたを愛しています」は、ことばは同じでも、
ひとりで口にしてもだめでしょう。それは相手を要求することばなのです。
般若波羅蜜多の呪も仏という存在が不可欠です。おとなえするときは、仏を迎え、
香・華・灯を用意するなどの必要があるのです。さらに「あなたを愛しています」が
誓いのことばでもあるように、誓いのことばは、これを交わしたときの二人の愛情を
再現します。
般若波羅蜜多の呪も、空性の智を呼び起こし、その状態を維持する働きがあるのです。
般若波羅蜜多の呪とは、『般若心経』の教説を集約し、空性の智の状態を憶持する、
ダラニ(dharani)としての機能をも備えているのです。
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> [7]:心経読誦・写書の勧め
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以上、呪の説明を通して、心経読誦・書写の意義がはっきりしたのではないでしょうか。
お経の読誦・書写は、お経のプロパガンダ、布教・流布を目的とするものである以上に、
内容の理解を深めることはもちろん必要ですが、受持することが意図されているのです。
受持とは、教えを受持・記憶すること、お経の教えを自己のものとすることなのです。
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> [8]:次回の予告
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次回は、『般若心経』をめぐる、さまざまな問題、疑問について扱ってみたいと
思っています。ご質問があれば、釈迦寺HPのお問い合わせを通じてお寄せください。
次回で扱うこともできますので、宜しくお願いいたします。
良海(212/6/28)